サティシュの学校 みんな、特別なアーティスト
ジャンル
教育 平和 人権 多様性 時間 72分
製作年2018年
監督 *
変革は可能です。世界中に新しい意識が現れている。私は希望に満ちています。ーサティシュ・クマール
About the film
変革は可能です。世界中に新しい意識が現れている。私は希望に満ちています。ーサティシュ・クマール
サティシュ・クマールは現代を代表するエコロジー思想家、非暴力平和運動家。
希望とやさしさに満ちあふれているサティシュの存在は、僕の大切なよりどころ。サティシュの言葉や在り方は、僕たちをいのちの世界にやさしくよび戻してくれる。少年のようなキラキラした目で、心からいのちを祝福する彼は、大切なものを思い出させてくれる感じがする。友人のように話せる謙虚な仙人だと僕は思っている。そして、時には仙人とは思えない適当なことをいうところがチャーミング。その絶妙なバランスを持っている人とは他に会ったことがない。(ソーヤー海)
More info
ガンディー思想の継承者サティシュ・クマールは、「ヒューマン・スケール(人間の身の丈に合った)教育運動」を展開する中、イギリス南西部にシューマッハー・カレッジを設立した。「ヒューマン・スケール教育運動」とは、本来の教育のあり方を取り戻そうとする運動のこと。サティシュは言う。「本来の教育とは、知識を詰め込むことではない。すでに備えられている“アーティストとしての自分”に気づくこと」と。「アーティストとは特別な人のことではない。誰もが特別なアーティストなのだ」と。サティシュの教育思想から、私たちの内にある想像力、創造性を呼び起こし、素晴らしい人生を、社会を、未来をつくりだしましょう。さあ、あなたも「サティシュの学校」へ。
サティシュの言葉
・想像力の種から人生の木は育つ。
・アーティストとは特別な人のことではない。誰もが特別なアーティスト。
・平和のためにできること? まず自分が平和を生きること
・ローカル経済とは「場所の経済」。自然こそが本物の富。
・オリジナルであるとは、古代からの知恵と伝統に根差していること。
・全ての仕事は、変革のアートである。
Data
原題 |
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製作年 |
2018年 |
製作国 |
日本 |
制作 |
株式会社素敬 ゆっくり小学校 |
配給 |
株式会社素敬 ゆっくり小学校 |
時間 |
72分 |
Cast & Staff
監督 |
* |
製作総指揮 |
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プロデューサー |
上野宗則 |
原作 |
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脚本 |
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音楽 |
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撮影 |
本田茂 |
編集 |
本田茂 |
キャスト |
サティシュ・クマール、辻信一、松葉登美、上野宗則
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上映会主催者の声
上映会を主催された方の声を紹介します
「気候戦士~クライメート・ウォーリアーズ」に続いて「サティシュの学校」を上映した。そして3月・旅立ちの時に「雇用される」ことについて考えてほしくて開催した上映会だった。
そんな自分は、気候危機に立ち向かう人がいる中で、となりのレールには「サティシュの学校」という世界がある、そして、雇用されて働こうとする人がいる中で、となりのレールには「サティシュの学校」という世界がある。
遠い昔に戻るのでなく、まだ来ない未来を創るのではなく、今この世界に自分の進むレールとは別のレールがあって、見えていなかった。それを見つけた。
映画の上映会の成功は、何人が観てくれたかで評価をしてきたが「サティシュの学校」を観た後では「必要な人に届いたか?」になった。
参加された「進路について悩んでいる」という学生さんは「とにかく書き留めたいことが多くて、自分だけがこれを知っていいのだろうか、これから本を読みたい」と。高校の先生は、4月からの生徒との対応のイメージを語られ、変化を与えたことを知った。サティシュに影響されて、農業に取り組んできた人からは「ベンチになって、多くの人が座ってくれる場所を創りたい」と言ってもらった。父として子供に何もしてあげられなかったと思っていた方は、父として「ある」自分でいることが素敵なことなのだ気づいたと。
自分は、スロー・スモール・シンプルは、できるだけ遅くのようにとらえていたが「ふさわしい速さ、ふさわしい大きさ、ふさわしいシンプルさ」という暮らしを見つけるのがいいと思った。
子どものころに感じていた違和感の意味合いがはっきり見えたという方がいた。手仕事していた頃の自分を思い出したという人がいた。映画を観ながら、これはできている、これはできていないと自分を見たという人がいた。
「サティシュの学校」を観てくださった方が、それぞれ何かを忙しく行っている自分から、そこに「ある」自分自身になってくれた。そんな上映会になりました。
学生、教員、会社員など多様なバックグラウンドの方々にお越し頂きました。タイトルの「学校」を超えて、社会の在り方や何のために我々は学ぶのか、といった広くて深い投げかけに圧倒されました。
上映後のワークショップでは、そうはいってもお金がないと生きていけないよね、どんなところから自分の手を使ったアートの生活が始められるんだっけ、といった話が盛り上がってました。
観ていただいた方からは、自分に生活を考え直すきっかけになったとの声を多くいただきました。
同時開催のWSでは、まず自分をアーティストと認識する一つの具体的方法を提案いたしました。
みなさん、熱心に取り組んでいただき、最後は和気藹々と仲良くなっていただけたことがよかったです。
サティシュ氏の考え方に触れ、触発の多い機会になりました。
少人数制の場でしたので、上映前に、なぜこの作品を見ようと思ったのか、期待することは何か、シェアを行いました。その上で映像を鑑賞し、終わった後、感想をシェアする時間を持ちました。当初は、「上映後に予定があるので、先に帰らなければ」と仰っていた方も、内容に引き当てられることが多かったため、1時間程度の感想シェアに参加してくれました。感想シェア会では、「サティシュ氏の考え方が理解できない部分がある」と発言された方もおられ、それをキッカケに、様々な意見が出てきたし、それぞれの思考が深まりました。様々な立場の方と対話することの素晴らしさを体感することができました。
サティシュさんの最後のメッセージ「すべての人がアーティストであり、すべてがアート」という言葉が心に残りました。
何か文化的、芸術的な行いのことではなく、生き方、在り方、それが「アート」であり、何かを創り上げるエネルギーの源になるのだということ、と理解しました。